私が知らないわたし~夜は短し歩けよ乙女(by 森見登美彦)

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人には4つの人格があるといいますが。

「自分も他人も知っている自分」
「自分も他人も知らない自分」
「自分だけが知っている自分」
そして、「他人だけが知っている自分」。


というわけで、職場の女性が貸してくれた「夜は短し歩けよ乙女」。彼女は、読みながら「黒髪乙女」がわたしに思えて仕方がなかった、と。確かに、かつて大島弓子的、岩館真理子的、よしもとばなな的と言われた美少女時代を否定するわけでもないが(大嘘)。ふふ、この年で乙女呼ばわりされるのは、喜んでいいのか悲しんでいいのか、判断しかねるところだ。が、よく聞くと、学生時代の年齢の頃の私を思い浮かべていたらしい。ま、そうですね、決して「今現在」じゃないですよね、あたりまえ、って話ですよ(笑)。



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それはさておき早速読んでみた。


これが滅法おもしろい。相当、おもしろい。最近の作家の小説はほとんど読まないし、時折読んでも原型が邪魔をしていまひとつのりきれなかったりしたが、これはね、おもしろい。しかもね、電車の中では読んではいけない。読みながらなんど笑いをこらえたことか。


京都帝大の三回生の私こと「先輩」と同じサークルに属す後輩の「黒髪乙女」の冒険譚である。「私」は恋慕する「黒髪乙女」の後ろ姿を追い求めて、5月の先斗町、7月の古本祭り、11月の学園祭と季節をかさね、大団円の12月の李白風邪祭りへと空回りつづけるのである。「ナカメ作戦」(ナるべくカのじょのメにとまる作戦)と銘打って、「黒髪乙女」の後ろ姿の権威と化しているが、外堀ばかりを埋める日々の精進は、果たして「黒髪乙女」には単なる奇遇としか受けとめてもらえず、四苦八苦の「先輩」である。そして、「ナカメ作戦」は成功するのか?本丸への進撃はあいなるのか??


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物語は、「先輩」と「黒髪乙女」の語りがソナタ形式で展開していく。5月の先斗町偽電気ブラン飲み合戦「夜は短し歩けよ乙女」、7月の下鴨神社での古本祭りでの李白杯・真夏の激辛・汗地獄古本争奪戦「深海魚」、11月の学園祭での韋駄天コタツとゲリラ演劇の裏に隠された純愛劇場「ご都合主義者かく語りき」、そして李白風邪で壊滅状態と化す京都の街で迎える感動のフィナーレ「魔風邪恋風邪」。


とにかく、登場人物がユニークだ。昼間は高利貸しで血も涙もないが夜は先斗町で札びらをまき散らし3階建ての電飾電車で移動する李白翁、天狗の子孫と称し天空浮遊術を駆使する樋口さん、酒こそ人生、美人歯科衛生士の羽貫さん、錦鯉と春画をこよなく愛する中年おやじの東堂さんがレギュラー陣、そこに、10歳にして古本の神様と自称する老成の天才美少年、純愛願掛けパンツ総番長、学園祭を取りしきる美貌の事務局長、さらには閨房調査団、詭弁部やらが入り乱れてのファンシーワールド炸裂である。



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なんだか、とっても懐かしい。作者は、1979年生まれのまだ30歳の森見登美彦氏であるが、携帯やパソコンや液晶テレビやプレステが闊歩する21世紀が舞台とは思えない懐かしさがある。京都が舞台で、時代を超えた鬼気面妖ぶりを遺憾なく発揮しまくる京都大生がモデルになっている所以なのか?そして、この世界観は、陸奥A子であり、高橋留美子なのだ。ものすごく「うる星やつら」にファンシーぶりが似ている。錯乱坊またの名をチェリー、保健室のサクラ先生、こたつ猫、弁天、お雪さん、面堂終太郎、「うる星やつら」は我が理想郷であり、理想の女性「面堂了子」が生きる世界なのである。「黒髪乙女」はどこか陸奥A子的面堂了子の匂いがする(笑)。そして、つまり「昭和」なのである。


というわけで、とにかくおもしろい。そして、文章のリズムがいい。旧帝大系の大学生がいかにも好んで使いまくる小難しげな表現にも関わらず、落語のような語り口が飲み心地のいい偽電気ブランのように染みわたる、染みわたる。(そういえば、かつて、赤門の理工系学生たちがテクニカルタームで日常生活を語っているのを聞いてくらくらしたことがあったが、それにも似ている。)特に3章の「ご都合主義者かく語りき」はまるでよく出来た小劇場系の舞台のようだ。むしろ、舞台化を望む。



「地に足をつけずに生きることだ。それなら飛べる」


「恥を知れ しかるのち死ね」


けだし名言である。







「夜は短し歩けよ乙女」










この記事へのコメント

2009年02月02日 12:12
こたつ猫さん、うちにもいればいいのに…そう思っていた頃が懐かしい(笑)
ちなみに私の理想はお雪ちゃんです(ぉ)
2009年02月02日 22:04
ちるちるさま>>
真剣に、友引高校に転校したいと思っていた時期もありました(笑)。

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